Webikeメンテナンス担当、たぐちかつみです
バイク好きには様々なタイプの方がいらっしゃいますが「バイクいじり好き」や「バイク磨き好き」、つまり「メンテナンスが大好き!!」と言ったみなさんを、ぼくらは「サンデーメカニック」と呼んでおります。そんなサンデーメカニックにも、入門者からベテランまで、幅広くいらっしゃいますが、このウェビック・メンテナンスでは、入門者から中級者に向けたメンテナンス実践をメインに、時にはベテランサンメカのみなさんにも喜んで頂けるような内容を、積極的に寄稿していきたいと考えてます。

モトメカニック誌の「たぐちかつみ」でもあります


紙雑誌媒体、内外出版社から季刊発行されている「モトメカニック誌」をご存じでしょうか? 

1995年5月、モトメンテナンス誌の創刊編集長としてバイクいじり雑誌を立ち上げた私ですが、残念ながら2019年2月発売号をもって、24年の歴史に幕を閉じました。しかし、熱烈なファンのみなさんから、熱烈な後押しを頂きまして、2019年10月には内外出版社から「モトメカニック発進号」を発刊。
そして、そのモトメカニック編集長の私たぐちと副編集長の栗田が、インターネットの世界では、ウェビック・ウェブマガジンのメンテナンス担当として、活躍の場をいただくことができました。今後とも、何卒、よろしくお願い申し上げます。

還暦まであと数年の私は、70年代からバイクに乗り始め、以来、かたときもバイクから離れることなく41年間、いつもバイクを所有し、乗り、メンテナンス=バイクいじりを楽しんできました。これまで何台のバイクを購入したのか? 正確な数字はカウントしておりません。今、旧車や絶版車が注目されていますが、70年代から様々なバイクに乗り続けてきたぼくにとって、旧車や絶版車は特別なバイクではなく、ある意味、現役バイクでもあります。

そんな旧車系バイクのいじり=メンテナンスは、一番得意!! と言うよりも「大好き!!」です。

サンデーメカニック「たぐちかつみ」のプロフィール


 

私、たぐちかつみの簡単なスペックなどをご紹介します。
氏名 たぐちかつみ
身長179cm
出身地東京都台東区浅草
バイク歴 CB50JX-1→GS400E
→RG250E→Z2/A4
→GSX750S KATANA
~途中省略
→bimota db1-SR
→Harris DUCATI SMC750
→DUCATI 851→
DUCAT I900MHR
→DUCATI600TT2Racing
→DUCATI750SS→DUCATI F750IMOLA REPLICA
→その他いろいろ
今現在の所有車 HONDAスーパーカブC100(1960) /スーパーカブC70K1/
C90K2/ベンリーCS90/
ドリーム50/ドリーム50Rプロトタイプ
YAMAHA スポーツYDS2/YD3/YA5/350R1 
DUCATI 750改888 他

なぜ、それほどまでにバイクを……

原付免許を取得した大きな理由が「魚釣り」でした。自分が入りたいポイントには、いつも先人がおりまして、始発電車で行ってもいつもダメ……。
そうなると好きな時間に移動できる「バイクが一番!!」と思うようになったのが、中学生の時でした。16歳の誕生日には原付免許を取得。
しかし、原付の行動範囲はしれていたので、直後には教習所に通って中型自動二輪免許を取得。そのころにはアルバイトをかけもちするようになりGS400Eを新車購入。

II型のGS400をベースに、スズキ車の定番となるな星型キャストホイールを装着。ホンダのホークII/IIIと人気を二分した。

しかし、集合住宅で部品の盗難事件が多発し餌食に……。だったら不人気モデルながら、サーキットではめっぽう速かったRG250Eへ乗り換え(ヤマハRZ250が登場する以前のお話しです)。

サーキット走行会へ参加するようになったころには「釣りよりもツーリング!?」や「サーキット走行も楽しい!!」となり、高校3年生の夏に「自二車限定解除」を達成。直後にはRG250Eを後輩に託し、さらにアルバイト生活を強化して3年落ちのZ2/A4を購入。
当時、もっと安く買えた火の玉の初期型やタイガーではなく、敢えてWディスクを標準装備し、高年式中古車だったZ2/A4を購入。

日本では販売できなかったZ1の国内仕様としてデビュー。最適なパワー特性を実現するため入念に再設計された。数々の伝説を持つ20世紀の名車。
画像はWディスク化される前のモデル。カラーは通称火の玉カラー

そんな考えが当たり前の時代でした。今なら迷わずに初期型の火の玉でしたね。

社会人生活は「オートバイも製造している自動車メーカー」からスタート。四輪車体製造の生産技術開発部門に配属されましたが、職場には二輪車開発や量産に携わっていた先輩が数多く、様々な昔話を聴かされました(世界GPマシンの開発グループに属していた方もいました)。そんな関係で、いつしか当時(30数年前)としても、旧車に関わることが多く、それが現在にも延々とつながっています。
 
様々なこと勉強し、知っていくうちに、メカニズムに興味を持つようになりました。
バイクは駆るだけのものではなく、いじっても楽しい!! ことに気が付き、欲しいバイクは何としてでも手に入れたい!! と思うようになりました。

結果、飲まず食わずで給料の大半をバイクへつぎ込む生活。そんな中で出逢ったのが、イタリアのドゥカティでありビモータでした。そんなモデルに興味津々になったことが縁で、自動車メーカー勤務からバイク雑誌編集部へ身を投じ、現在に至っております。
出版社へ転職し最初に携わったバイク雑誌が「クラブマン」誌。
ぼくが加わってから、メンテナンスやドゥカティに関する企画の厚さが増し、いつしかメンテナンス専門誌「モトメンテナンス」を創刊。
また、ドゥカティ専門誌の通称「赤本」と呼ばれた「ドゥカティCDM(カンピオーネ・デル・モンド)」も創刊。現在でも、それらの2誌が高く評価されているのは、ぼくにとっては大きな誇りでもあります。

約10年、イタリア取材出張のたびにワークスマシン系パーツや復刻パーツを買い集め、長年の歳月を費やし自身の手で完成させたF750イモラレプリカ。現在はヨーロッパに住むオーナーさんが本場のクラシックレースを楽しまれているようです。思い入れの強いバイクでも、執着心は一切ございません。


 
2019年3月、前所属会社の解散と同時に体調を崩して緊急入院。まさかの長期入院となりました。退院後も半年近くリハビリを続けました。
そして2019年10月末、内外出版社から「モトメカニック」発進号を発刊。紙媒体での復活を果たすことができました。そして、インターネットの世界では、WebikeのWEBマガジンにて、大好きなメンテナンスを「モトメカニック編集長」として担当させていただくことになりました。
今現在の愛車は旧車ばかりですが、なかでもヤマハYA5デラックスとホンダスーパーカブC100の初期シリーズが、お気に入りであります。今後ともよろしくお願い申し上げます。

磨き込みメインで仕上げ車体塗装はほぼ当時のまま。エンジンはフルオーバーホールとリペイントで快調かつ美しく仕上がった1960年後期生産のホンダSuper CUB C100。本田技研埼玉製作所大和工場産。


土に戻る寸前に救出。久しぶりに本気でフルレストアした1台。ぼくと生誕年が同じ1962年モデルのヤマハYA5デラックス。ビジネスモデルの装備を変えてツーリングモデルに仕立て直したメーカー純正アップデートモデル。ヤマハ初のロータリーディスクバルブエンジン搭載車。


 
バイクいじりをとことん楽しむには、やっぱり工具や道具を揃えなくてはいけません。
ぼく自身、こくれまでに様々な道具、ハンドツールと呼ばれる工具を購入してきましたが、やっぱり、車載工具やそれに毛が生えた!? と表現できるような不安定な工具ではなく、しっかりした「工具セット」を初めから購入することをお勧めします。

特殊工具=SST(サービス・ショップ・ツールズ)に関しても、自分が所有するモデルで、分解メンテナンスに必要不可欠なもの=SSTは、是非とも所有したいものです。それに気が付かれたときが「サンデーメカニックの入り口」に脚を踏み入れたといえるでしょう。

ホンダ横型エンジンの「モンキーをいじりたい!!」「スーパーカプをいじりたい!!」などなど考えたときには、フライホイールホルダーやフライホイールプーラー、クラッチセンターのロックナットを緩める16mmロックナットレンチなどは必要不可欠です。
つまりそられSSTが無いと、まともなメンテナンスができませんし、立ち往生してしまい、時間ばかりが経過してしまいます。

また、ねじ山が痛んでいたらリコイルを使って補修したり、自分だけのスペシャルエンジンにしたいのなら、オールブラックにペイントするのも楽しい!! 

実は、DIYペイント好きが多いのも、サンデーメカニックの特徴です。そうなると機能ペイントのガンコートを試したくなり、ペイント後の焼き付け乾燥作業も自分自身で行いたくなる……。

そうすると小型高温乾燥機なども欲しくなりますね。自分自身でメンテナンスする、その楽しさや喜びは格別です!! だれよりも速く走ることが楽しい者がいれば、だれよりも美しく仕上がったマシンを所有する、しかもDIY=自分自身で仕上げた!  磨いた!! となれば、それはもう注目されますよ。

サンデーメカニックの世界に、あなたも深く深く、足を踏み入れてみませんか?

ホンダドリーム50をベースに110ccエンジンを自作。SP武川製ピストンと自前のクランクを組み合わせて製作した。ドリーム50ワンメイクレースへの参戦がきっかけになり、HRCスタッフから声を掛けられ市販レーサー「ドリーム50R」の開発に参加。プロジェクトチームの一員となり、それが縁でプロトタイプの3号車を所有している。ドリーム50改110cc仕様のレーシングマシンでは最高速168km/hをマークした。

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