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リザーブタンクの底にある小さな二つの穴に要注意


制動時にはブレーキパッドとキャリパーピストンを通じて熱を受け、空気中の水分に触れることで吸湿するブレーキフルードは、原則として2年に一度交換することになっています。
過酷なブレーキングが続くことで液温が150℃に達することもあるブレーキフルードにとって、何より重要なことは加熱によって沸騰しないことです。コンロに掛けた鍋の水が100℃で沸騰する際に水の一部が水蒸気の泡となりますが、この泡がブレーキフルードの中に現れるとエア噛み状態になってしまいます。
例えばDOT4規格の場合、新品時の沸点は230℃以上でウェット沸点は155℃以上と定められています。ウェットというと水が大量に混入しているイメージがありますが、実際にはわずか3.7%の吸湿によって沸点が下がってしまいます。ブレーキメーカーのデータでは、通常の使い方でも1~2年後には3.7%程度の吸湿率になるというので、とりわけ雨の日ばかりを選んで走行するわけではなくとも、2年ごとの交換は必須なのです。
ブレーキフルード交換というと、常にエア抜きの難しさを心配するライダーもいると思いますが、ブレーキホースを外したりマスターシリンダーのリザーバータンクを空っぽにしない限り、それほど大変ではありません。
ブレーキキャリーパーのブリーダープラグにホースをつなぎ、ブレーキレバーを握ってフルードに圧力を加えながらブリーダープラグを開けて、ホースにフルードが流れたらプラグを締める。そしてレバーを放してまた握り、フルードに圧力を加えてプラグを開けて締める。
この作業でリザーブタンクのフルードはキャリパーから排出されるので、減った分を足しながら繰り返すことでホース内にエアを混入させることなくフルードを入れ替えることが可能です。エアさえ噛まなければエア抜きの必要もないので、スカスカのレバーをポンピングする手間も掛かりません。
しかしながら、このフルード入れ替え作業で注意すべき点があります。それはタンク底面からのフルードの噴き上げです。
キャリパーのブリーダープラグから古いフルードを排出すると、当然のことながらリザーバータンク内のフルードは減少します。そこで新しいフルードを注ぎ足しつつレバーを握ったり放したりを繰り返すと、何かに拍子にタンクからフルードがピュッと飛び出すことがあります。
飛び出したフルードがガソリンタンクやハンドル周りに付着すると塗装を傷めるため、塗装部分を濡れタオルなどで保護するのが有効ですが、そもそもなぜフルードが飛び出すのでしょうか?そこには油圧式ディスクブレーキの根本的な構造に由来する仕組みがあります。
リザーブタンクを観察すると、底面に大小2個の穴があります。ブレーキメーカーやバイクメーカーによって名称が異なる場合がありますが、大きな穴がサプライポート、小さい穴がリリーフポートと呼ばれます。2つのポートの並び順は、サプライポートがレバー側でリリーフポートがキャリパー側(ブレーキホース側)となります。
ブレーキレバーを握るとマスターシリンダー内のピストンが前進して、ピストン先端のゴムカップがリリーフポートを通過した先からキャリパーへの加圧が始まります。次にブレーキレバーを放すと、マスターシリンダーのピストンはリターンスプリングによって押し戻され、キャリパーのピストンはキャリパーシールの弾性によって元の位置に戻ります。この際、キャリパーピストンからフルードが戻るよりマスターシリンダーのピストンが戻る方が早いため、マスターシリンダーのピストンから前側の圧力が低下します。
この時、サプライポートからピストン前側にフルードが供給されて圧力低下を解消しますが、遅れてキャリパー側からもフルードが戻るため、ピストン前側で余分となったフルードがリリーフポートからリザーブタンクに戻されます。この時にタンク底からの噴き上げが生じるのです。
- ポイント1・マスターシリンダーのリザーバータンク底面のは大小2個のポートがある
- ポイント2・握っているブレーキレバーを放した際に、リリーフポートからリザーブタンクに戻るフルードが噴水のように噴き上がる
マスターシリンダーによってはリリーフポートにカバーが付くものもある



レバーをゆっくり放すことでマスターシリンダーのピストンの戻りスピードが遅くなり、キャリパー側からのフルードの戻り時間を稼ぐことができ、フルードの噴き上げを軽減することができます。しかしレバーをリズミカルにポンピングすると、どうしても噴き上がります。
それを避けるには、リザーバータンクのキャップかダイヤフラムをタンクにかぶせた状態でフルードを抜けば良いのですが、タンク内で減少するフルード液面を見逃して空っぽにしてしまい、ピストンやブレーキホースにエアを送り込んでしまうと改めてエア抜きを行わなければならず面倒です。
レバーを何回握るとタンクの液面が空っぽ近くまで低下するかを確認しておき、それからキャップやダイヤフラムをかぶせて排出と注ぎ足しを行っても良いのですが、キャップの着脱時にあちこちにフルードが付着することがあり、意外に気を遣わなくてはなりません。
2年に一度の作業なので手間ひまが掛かるぐらい気にしないというならかまいませんが、できれば効率良く作業したいと考えるユーザーも少なくないはずです。
ところでこのフルード噴き上げは、機種によってまったく発生しない場合があります。そうした機種のリザーバータンクを観察すると、リリーフポートの上を小さなプレートでカバーされていることに気づきます。これは1980年代以前のマスターシリンダーでは結構あった装備で、それだけでフルード入れ替えが圧倒的に楽になりました。
このリリーフポートカバーを付けなくなったのがコストダウンなのか合理化なのかは不明ですが、リリーフポートをカバーしてやればブレーキレバーを放した際の噴き上げを防ぐことができることは分かります。
- ポイント1・1980年代までのマスターシリンダーの中には、タンクの底にリリーフポートカバーが装着されたものも存在した
- ポイント2・リリーフポートの上をカバーすれば、ブレーキフルードがリザーバータンクから飛び出すことはない
ペットボトルから切り出したカバーをリリーフポートにかぶせれば、フルードの噴水をシールドできる



ではどんな仕掛けでリリーフポートをカバーすれば良いのでしょうか。理屈が分かればきわめて単純ですが、ペットボトルなど身近にあるプラスチックを適当なサイズに切って、サプライポートとリリーフポートを塞がないように注意しながらリザーバータンクの底に置いてやれば良いのです。
たったこれだけのことで、リリーフポートから噴き上がるブレーキフルードはカバーに当たってリザーバータンクに戻り、外に飛び散ることはなくなります。もちろん、カバーに当たった先のフルードがタンク外に飛び出さないよう、カバーの位置や高さを検討する必要はありますが、リザーブタンクに注いだフルードの上に薄い樹脂製の板、ここでは同時に交換したブレーキパッドのパッケージから切り出した透明のプラスチックを浮かべるだけで、フルードの波を抑える効果がありました。
キャリパーのブリーダープラグから排出されるフルードがきれいになれば、マスターシリンダーからキャリパーまでのフルードはすべて入れ替わったと判断できるので、リザーバータンクに置いたカバーを取り除いて作業は終了です。
タンクキャップを外した状態でブレーキレバーを操作して、間欠泉のようにフルードが噴き上がるのに驚いた経験のあるユーザーは、次回はこの方法を試してみてはいかがでしょうか。
- ポイント1・リリーフポートの上部をカバーすればフルードの噴き上がりを抑えられる
- ポイント2・フルードを入れ替え時に置いたカバーはリザーバータンクキャップをする前に取り外す