トルクレンチを使っても締め付けトルクが完璧にならない理由とは?

サービスマニュアルにはボルトの締め付けトルクが書いてあります。
エンジンなどの重要な部分ではかなり厳密に。

自分で整備される方はメーカーの指示を守り、トルクレンチで規定トルク通りに締めてヨシ!となっていると思います。

しかーし!
それでは正しくないと言われたら……困りますよね!?

皆様にささやかな幸せとバイクの知識をお送りするWebiQ(ウェビキュー)。
今回はトルクレンチを使って正確なトルクで締め付けるのは非常に困難であるという、サンデーメカニックには由々しき問題の話です。

トルクレンチが必要な理由

ネジは回す事で部品同士を固定するのですが、これはうーんと拡大してみると「ネジが伸びて、その伸ばされた力が部品と部品を挟み付ける力(軸力)として作用している」と言う事になります。
だから精密に締め付け力の管理が必要な場合には、ホントにネジの長さがどのくらい伸びているか?を測定したりもします。

ネジの伸びはあまりにも微妙すぎて人間の目では見る事ができませんし、測定するのも非常に困難なので一般的ではありません。
でも挟み付ける力は管理したい……。

そこで、ネジが挟み付ける力(=軸力)が高まるとネジ山同士の摩擦力が高まる事を利用して(締め付けたネジが緩まない理由でもあります)、ネジを回す際の抵抗(=締め付けトルク)を測定する事で代用しています。
『〇〇くらいの力でネジを回せば、軸力は〇〇くらい発生しているハズ』という事ですね。

重要なのは、トルクレンンチはネジで発生している軸力を測定しているのではなく、あくまでもネジを回す際の抵抗を測定しているという事。
似ているようですが全く異なるものです。

トルクレンチの種類について

様々な形状のトルクレンチがありますが、ネジを締める際に『どのくらいの力で締めているか?』を測定している事に変りはありません。
ですので、形状は様々ですがやっている事は同じです。

では何故様々な形状があるのか?
それは形状によって便利な使い方が異なるからです。
まずは代表的な形状と特徴を復習しておきましょう。
誤った使用方法についても要チェック!

プリセット(プレセット)式、ラチェット式、単能式


一般的にトルクレンチと聞いて脳内にイメージされるのはこのタイプでしょう。
あらかじめ本体にある目盛りを規定トルクに合わせておくと、ネジを締め込んで規定トルクに達した瞬間「カチッ」という音と手応えで教えてくれるレンチです。
高価な事もあって憧れの工具の一つかもしれないですね。

プリセット型は操作が簡単な事と、一旦数値をセットしてしまえば複数のボルトをトルク管理しながら連続して締め付ける事ができるのが特徴です。
自動車整備工場で良く目撃する理由は「精度が良いから」ではなく「作業が早く済むから」だったりします。
目で数値を確認しながら締め付ける必要が無いので、同じようなボルトを複数締めるのであれば作業が早いのは当然ですよね。

弱点は完全な機械式なので精度の維持管理がシビアな事。
使用し続けていると目盛りの数値と実際の値が狂ってくるので、定期的な校正が必要です。
使用後の保管時は設定目盛りを最弱に戻しておく必要もあり、これを怠ると設定と実際の値に大きな差が出るようになります。

尚、よく目撃する締め付け確認の「カチ!カチ!」という音ですが、2回鳴らすのはダメです。
1回目の「カチ!」で規定トルクに達しているので、2回目を鳴らすと必ずオーバートルクになり、トルクレンチを使った意味が無くなってしまいます。

また、締め付け方向にしか作動させられず、緩める方向で使用するのは厳禁です。
緩める方向にトルクを掛けると一発で大きな狂いが発生してしまい、校正しない限り直りません。
一説によると1回緩め方向に使用しただけで10%も狂うことがあるのだとか……。

最も一般的なわりに実はやたらシビアな形式ですが、昔から憧れていたトルクレンチはこの形だったりするし、高価なトルクレンチを購入しようとするほどの方にとって「フルメカニカル制御」とか「機械式」というのは一種のロマンなので仕方ありません。
だって締め付け作業の最後に「カチ!」ってやりたいじゃないですか。

プレート式(弓型)


プレセット式とうって変わって超原始的な方式なのがプレート式です。
柄の部分がしなるようになっており、締め込むと工具が曲がって、その曲がり具合を数値として読み取れる構造になっています。
ウルトラ単純。

これ以上無いほどシンプルな構造なので、故障とは無縁なのが最大の特徴。
逆向き(ネジを緩める方向)にも使えるので、締まっているボルトを緩める事でそのボルトがどのくらいのトルクで締め付けられていたのかも「ある程度は」知る事ができます。

弱点は締め付け作業中にいちいち目盛りを見続けなければならない事と、目盛りを無視していくらでも締め付けられる事。
工具が大きいので狭い場所での作業にも向きません。
指を掛ける部分を常に一定にしておく必要度も高いので(中指1本で引くのがトルクレンチ全般の基本)、ある程度は何も考えずに締めるだけで済むプリセット式と比較すると1本1本のトルク管理に時間が掛かります

ただ、ぐぐーっとトルクが掛かって行く過程が見えるので、繊細なトルク管理には向いています。

ダイヤル式


上記のプレート式の数値読み取り部分をダイヤル表示にしたのがこのタイプ。
読み取り部分が違うだけで基本構造はプレート式です。
数値が読み取りやすいので、さらに高精度な締め付けが可能です。

弱点はシンプルな弓式の動作をギヤを使ってダイヤル表示にしているので、この部分にガタが出たり故障しやすい事。
非常に精度の高いギヤを内蔵しているので、ラフな扱いは厳禁です(丁寧に扱う必要があるのはどのトルクレンチも同じですが)。
また、締め付け中に目盛りを見続けなければならないのもプレート式と共通です。

デジタル式


機械的な制御を排し、圧力センサーを使って電気的に締め付けトルクを測定するのがこの方式。
規定トルクに達すると「ピッ」という音と共に光る物が多く、騒音の激しい場所や暗い場所では便利です。
また、電気式なので機械式よりも高精度な事と、機械的に摩耗する部分が無いので、メンテナンスサイクルが長く取れるのがメリットです。
特に精度の面では機械式はどうやっても勝てないでしょう。

弱点は電池が切れるとただの棒になってしまう事。
頻繁に使用しない場合、いざ使おうとしたら電池切れで使えなかったというのはありがちな話だったりします。

メーカーの指示は絶対正しい


車種によってはマニュアルに記載されている締め付けトルクが自分の感覚と大きく異なる場合があります。
こんなに緩くて良いの??こんなに締め付けて大丈夫なの??という場合ですね。

ですが、これはサービスマニュアルに誤植が無い限りメーカー指定値が絶対正しいです。
例外はありません。

メーカーは我々ユーザーとは比較にならない莫大なテストを行っており、その結果導き出した締め付けトルクを設定しています。
だから、「ホントに?!」という指定でも、そのトルクには必ず意味があります。
必ず守るようにしましょう。
独自の判断で締め付けトルクを変更するのは、メーカーの設計者とテスト結果を全て敵に回すようなものです。


ただし、メーカーの設定値は作業者側の多少の誤差を見込んだ値でもあります。
トルクレンチ、特に一般的なプレセット式トルクレンチの精度は使用するに従ってズレていく宿命なので、世界中のディーラーにあるトルクレンチが全て完璧に正確なわけはありません。
それを見越して設計されているので、規定値の+/-10%程度であれば想定の範囲内と考えて良いと思います。
(だからと言って敢えて10%増減する意味はありませんよ!)

何にしても、トルクレンチは次第に値がズレていく工具なので、トルクレンチで締め付ければ完璧!……かどうかは結構あやしいです。
そして、そんな些細な事よりもっともっと大事な事があります!それが次の項目!

メーカーの規定値は全てが新品の場合である


ここが今回のキモです。

マニュアルに記載されている締め付けトルクは、ネジの受け側とネジ本体が新品、しかも無潤滑である事が前提です。
ここは非常に重要

新品の部品と新品のネジに交換するのであればマニュアル記載の締め付けトルクが唯一無二の正解トルクですが、部品やネジを再使用した時点で、厳密にはマニュアル記載の締め付けトルクは使えません


さらに、再使用部品でネジ山に僅かでもオイルが付着していれば、オイルによって潤滑されたネジは同じトルクで締めてもより多く回ってしまいます。
多く回るという事はオーバートルクになっているという事です。
ですので、油分の付着したネジの場合、規定の軸力を生むための締め付けトルクはマニュアルの規定値よりも大幅に少なくなります。

ネジが汚れている場合は逆で、本来の軸力を発生する前に締め付け抵抗が上がってしまうので、トルクレンチでは規定トルクに達していても実際の軸力は不足している可能性が高くなります。

トルクレンチの精度以前の問題で、外した部品を再度取り付ける『普通の整備』の場合、マニュアルに記載してある締め付けトルクの値では正しい軸力を発生させられないのです。

ではどうしろと?


毎回全部の部品を新品に交換なんて出来るわけがありません。
ネジだって基本的には再使用するはずです。

出来もしない夢物語の理想論では話が進まないので、現実的な落としどころを見つけましょう。

まずはできるだけ新品に近づける事が何よりも大切です。
ネジ山が荒れていたらネジだけでも新品と交換したり、タップやダイスでネジ山を整えてから再利用するのは必須。
そこまで行かない場合でもネジ山の清掃はとても重要です。
汚れと油分を落とし、新品のようなネジにする
そうやって初めて『トルクレンチによってトルク管理する』事に意味が出るのです。

ネジ山がオス側もメス側もキレイに掃除してあり、油分がパーツクリーナーで洗い流してあり、ネジ山が崩れていなければ「実質的に新品」とみなして作業できます。


厳密に言えば新品ではない時点でマニュアルの規定値は使えませんが、まあOK。
散々脅しておいて何ですが、メーカーでも多少の誤差を想定しています。
上で書いてあるように、そもそもトルクレンチは経年によって数値に個体差があるので、多少のズレは誤差の範囲内だからです。

プロのテルクレンチをナメてはいけない


少し話は脱線しますが、トルクレンチを使用するように指示がある部分の締め付けにトルクレンチを使わず、メカニックが経験を元に普通のレンチで締め付け作業する事を「手」+「トルクレンチ」で『テルクレンチ』と揶揄したりします。

信用できないダメなバイクショップやメカニックの典型として批判される例が事が多いのですが、ホントにダメな場合と超絶技術の場合がある事は知っておいた方が良いでしょう。
そして、多くの場合は超絶技術の方です。

バイクショップで整備するのは必ず使用途中の車両であり、使用状況によって個体差が猛烈にあります。
マニュアル通りに作業するわけには行かない事が多々あるのです。

問題のある部品を全て交換するのが理想ですが、現実問題としてそうも行きませんよね?
そうなると必要になってくるのが熟練メカニックの経験とカンです。

出来る範囲内でネジ山は清掃したが新品とは程遠い……、そんな状況でメーカーの求める結合力(=軸力)を発生させるには、マニュアルに記載されている値とは異なるトルクでネジを回す必要があったりするのです。
状況によって指定値より強かったり弱かったり……、その時々で異なる最適トルクを『手の感触を頼りに』導き出す熟練者の経験をナメてはいけません。


ただし、これはメーカーの立場からするとアウトで、「そんな部品は使わず新品に交換して指定してあるトルクで締めろ」となってしまいます。
本来なら交換すべき部品を交換せずに再利用しているので、ダメな整備と言えばダメな整備です。

しかし、そんな整備は夢物語の理想論でしかなく、パーツやネジを再利用するのが実情ではないでしょうか。
だから「あの店はテルクレンチだった!」と無条件に批判できるものではないと私は思います。

トルク管理をしようとする意識が何よりも重要


トルクレンチを使えばいつだって適正なトルクでボルトが締められるわけではない、という事は解っていただけたと思います。
トルクレンチはメーカーで1年ごとの校正を推奨している事が多いのですが、個人ユーザーで毎年トルクレンチの校正を実施している方が果たしてどれほど居るかも疑問です。

既にズレているかもしれないトルクレンチと、新品ではないボルトとナット、ネジ山には油が付着していて、座面は少し荒れがあってピカピカの平面ではない。
エンジンオーバーホールでトルクレンチを使いたくなる場面ではこの組み合わせの事が多いと思います。
そんな状況なのにマニュアルに記載されているトルクの規定値で締めたから大丈夫!……なワケないですよね。

ただ、そんな状況でもマニュアルに記載されているトルクの規定値で締める事は正解に近いとは思います。
理想状態ではありませんが、恐らく誤差の範囲内で締め付ける事が出来ているのではないでしょうか。
少なくともプロ整備士のように豊富な経験が無い一般ユーザーの場合、不慣れなテルクレンチでヤマカン頼りに締めるより数倍マシでしょう。

つまり、全て新品でなければ正確に締め付けられてないという事??

厳密に言えばそうなります。

しかし毎回全部新品に交換するのは無理がありすぎます。
ネジはキッチリ掃除してあるけれどネジそのものは再利用するのが当たり前ですし、オイルが付着したままネジを締めなければならないシーンもざらにあります。

仕方ないのでそのままトルクレンチを使って規定値で締めたとしても……、やっぱりキチンと本来の軸力で締め付けが出来ているか気になりますよね?!
オイルのせいでオーバートルクになっているのでは?
いや、ネジ山が傷んでいたからトルク不足?
座面が荒れてたから暫く経つとトルク不足になるかも?

一旦気になるとそんな事が気になって仕方ありませんが、そういう事を気にする事が大事です。
トルクレンチを使うという事はつまり、そんな事を気にするという事なのですから。

オマケ(単位の話)

締め付けトルクの数値に用いる単位ですが、現在は『N・m(ニュートンメーター)』と言う国際単位が使用されています。
ほんの10年前は「○○kgf・m(キログラムメートル)」と呼ぶのが一般的で、ちょっと古いサービスマニュアルにも締め付けトルクの単位として普通に使用されています。
締め付けトルクを「〇キロ」と言うのはこの時代の名残りです。

さて、そんな古い車両の整備ではこの単位を変換しなくてはならない事があります。
最近のトルクレンチは単位がN・m表示だったりするので。


単位の変換ですが、正確には下記の換算式を用います。
1kgf・m = 9.80665N・m

しかし、実はそんなに厳密に考える必要は無く、バイクの整備であれば
1kgf・m = 10N・m
で特に問題ありません。
大きな声で自慢する話ではありませんが、単位変換の僅かな差など余裕で誤差の範囲内だからです。

厳密に計算して小数点以下まで整えようと四苦八苦するより、ネジ山を完璧に掃除した方が正確なトルク管理が出来るってモンですよ。

関連キーワード
計測ツール,特殊工具に関連した記事