
バイクもクルマも走行距離が増えることで各部に疲労が溜まり性能低下が起こることは否めません。4ストエンジンのシリンダーヘッドで最も重要な吸排気バルブのコンディションが低下すると、パンチ力低下や燃費悪化など様々な影響が出てきます。そんな時は内燃機屋さんにバルブシートカットを依頼してみましょう。
目次
バルブシートとバルブフェースの当たり方が肝心


4ストロークエンジンの吸排気バルブは吸入、圧縮、燃焼、排気のすべての行程で適切なタイミングで開き、閉じることが求められています。シリンダーヘッド周りではカムシャフトやバルブスプリング、大径バルブやポート研磨など、とかくチューニング的要素に注目が集まりますが、最終的にそうした高性能パーツの能力が生きるか否かはバルブのコンディションで決まります。
具体的には「しっかり閉じること」が重要です。いくらリフト量や作用角が大きいカムを装着しても、バルブが閉じず圧縮圧力が逃げてしまっては意味がありません。バルブがしっかり閉じるためにはタペットクリアランスの管理と調整も必要ですが、それ以上に重要なのがバルブシートとバルブのコンディションです。
開閉するバルブの受け側としてシリンダーヘッドに鋳込まれたバルブシートには、燃焼室の密閉性保持、燃焼によってバルブが受けた熱をヘッド側に逃がす役割があります。その上でバルブの開閉によって叩かれても摩耗しづらい耐久性が求められます。一方のバルブにも、バルブシートと衝突を繰り返しても摩耗しづらい耐久性が必要です。
爆発的燃焼を受け止めるピストンや高速で回転し続けるコンロッドやクランクシャフトなど、エンジンパーツはどれも過酷な状況で働いていますが、バルブシートとバルブの当たり面には衝撃を和らげ摩耗を防ぐ潤滑要素が何もないのが特徴です。バルブ本体のステム(軸)には、バルブガイドとの間にオイル潤滑がありますが、バルブシートとバルブフェースは金属同士がダイレクトでぶつかり合っています。
さらにいえば、オイルで潤滑されている部品はオイルフィルターで異物を取り除かれたオイルで潤滑されているのに、バルブとバルブフェースは吸気ポートや燃焼室周辺に堆積した硬いカーボンデポジットにもさらされています。
バルブシートのコンディションを判断する際の重要な指針となるのが、バルブとの当たり幅です。バルブもバルブシートも繰り返し衝突に対する充分な耐久性を与えられていますが、摩耗しないわけではありません。バルブリフト量が大きく、バルブスプリングの張力を大きくするほどバルブとバルブシートが衝突する力は大きくなるので、走行距離が増えれば、また常用回転数が高くなれば当たり面が広くなるのは当然なのです。
- ポイント1・潤滑も冷却もない状態で金属同士が強い力で連続的に当たり続けるバルブとバルブシートは過酷な状況にある
- ポイント2・走行距離が増えることでバルブシートの摩耗が進行して、当たり幅が広がっていく
カーボン噛み込みと当たり幅増加が性能低下の原因に

バルブシートの当たり幅が広くなることで生じる影響を挙げてみましょう。まず第一にタペットクリアランスが減少します。バルブフェースに叩かれてバルブシートの当たり幅が広くなると、一般的にバルブは燃焼室の奥に入ります。するとバルブステムはカムやロッカーアーム側に突き出すため、タペットクリアランスが減少します。
次に当たり幅が広がることで、バルブが閉じた際の面圧が低下するため燃焼室の気密性が低下します。つまり圧縮が漏れやすくなります。面圧が低下することで、バルブの当たり面に付着したカーボンスラッジを叩き切る力も小さくなります。バルブが開閉する力に比べればカーボンなど柔らかいはずでは?と思うかもしれませんが、ガソリンやオイルの未燃焼成分から生成したカーボンスラッジはバルブにとっての大敵です。
バルブシートにカーボンが噛み込んでも、圧縮圧力が著しく低下するとは限りません。しかし吸排気バルブを閉じてプラグホールから圧縮空気を送り込むリークダウンテストでは、漏れの数値が大きくなります。動的測定の圧縮圧力と静的測定のリークダウンのどちらを優先するかは人によって異なりますが、当たり幅が広がりカーボンが噛み込むことで気密性が低下するのは性能低下であることは間違いありません。
ここではバルブシートに注目して話を進めますが、シリンダーヘッドのコンディションにとってはバルブ自体もとても重要です。高速で開閉するバルブのステムとバルブガイドには適切なクリアランスが設定されていますが、走行距離が多くなるにつれてガイドの摩耗によりクリアランスが大きくなります。するとバルブが振れながら開閉することになり、バルブシートとの当たり面が不均一になり、気密性の低下につながるとともに当たり幅を拡大する原因にもなります。したがってバルブシートの状態を確認する際は、同時にバルブガイドのチェックを行うことが必要です。
- ポイント1・バルブシートの当たり幅が広がりカーボンデポジットが噛み込むことで、バルブが閉じている際の気密性が低下する
- ポイント2・バルブシートの摩耗が進行している場合、バルブガイドの摩耗も進んでいる可能性があるので同時にチェックする
シートカットで気密性を回復。ステム頭の研磨が必要な場合も



バルブシートの当たり幅には標準的な寸法があり、一般的な市販モデルでは0.5~1.0mmぐらいが基準となっているようです。これ以上広くなると面圧が低下するのと同時に、摩耗の進行によりカーボンデポジットの噛み込みが増えてくるというわけです。そして広くなったバルブシートを修正するにはバルブシートカットを行います。
バルブシートは焼結合金やリン青銅などの金属素材のパイプを輪切りにしたような形状で、シリンダーヘッドに圧入されています。バルブとの接触面のデザインは吸気や排気の流れにとって非常に重要なので、スムーズに流れるように多段階で形状が整えられています。一例としてバルブステムを基準としたときに、吸気側であればポート側から60度、45度、32度のように入り口から燃焼室にかけてバルブシートの断面がなめらかにつながっていくようなイメージです。このうち、45度の加工面がバルブと接する部分になります。
当たり面の幅が1.0mm以上に増えた場合、どのように修正を行うのでしょうか。大まかに説明すると、バルブシートカッターという工具でバルブと接する45度面に噛み込んだカーボンデポジットなどを削り落としてから、32度と60度面を研磨します。32度面用のカッターで研磨するとバルブとの当たり位置の外径を小さくでき、60度面カッターを使えば当たり位置の内側が削れて当たり幅が小さくなります。バルブシートカッターを揃えれば個人でも作業をできなくはありませんが、一般的には内燃機加工を行っている工場にお願いする作業となります。
今回、ヤマハトリッカーのバルブシートカットを依頼した埼玉県の井上ボーリングでは、3段階のシートカットを一度で行える刃物を使った最新鋭の機械を活用した作業を行っています。この刃物は加工面の角度に応じて交換でき、もちろんバルブシートの直径に合わせて調整できます。さらにこのバルブシートカッターには、バルブステムに対して正しい位置でシートカットを行うことができる自動調芯機能が備わっているので、芯がズレることなく完璧な位置でバルブとバルブシートが密着します。バルブシートカットを行ったら、バルブのフェース面も整えておきます。これにも専用の機械があり、バルブステムをクランプしてバルブ自体を回転させながら、別の軸で回転する砥石をフェースに当てることで表面を研磨します。
これらの作業でバルブシートとバルブフェースの当たりは理想的な状態に改善されますが、バルブステムの全長変化への対処が必要な場合もあります。バルブシートカットを行うと、多くの場合バルブの位置が下がりカム側の突き出しが増加します。するとタペットクリアランスが減少する方向に変化します。ホンダ横型エンジンや作業を紹介しているトリッカーのように、タペットクリアランスの調整をアジャストスクリューで行うヘッドなら簡単に調整できますが、タペットシムで調整するヘッドの場合はクリアランスを測定して必要に応じてシムを交換しなくてはなりません。シートカットの場合は薄いシムに交換するのが一般的です。
しかし交換用シムのうちで一番薄いものを使っている場合、クリアランスを広げる術がありません。そこで内燃機屋さんでは、バルブステムの全長合わせも行っています。具体的には、シートカット前のバルブの突き出し量を測定しておき、シートカットによって増えた突き出し量との差分を研磨するのです。この作業を行っておけば、理論的にはシム調整式ヘッドでもタペットクリアランスは変わらないことになります。もちろん、シートカットした直後から慣らし運転することで若干の変化はあるので、しばらく走行した後に再確認する必要はあります。
バルブ周りのメンテナンスでは光明丹とタコ棒を使った摺り合わせがよく知られていますが、バルブシートの当たり幅が基準値以上に広がった状態、いわゆるベタ当たりではそもそも面圧が低下するため、気密性を確保するには充分とはいえません。バルブシートにカーボンデポジットが噛み込み、当たり幅も広がっているような場合は、一度内燃機屋さんにシートカットとバルブフェース研磨の相談をしてみてはいかがでしょうか。
取材協力:井上ボーリング ※外部サイトが開きます


- ポイント1・バルブシートカットは内燃機ショップに依頼することができる
- ポイント2・バルブシートカット、バルブフェース研磨、シム調整式ヘッドならステム長合わせを行えばシリンダーヘッドのコンディションは大幅に改善する